耐震診断・耐震改修の基礎|既存不適格建築物の診断法と改修工法
既存の建物をどこまで安全とみなし、どこから手を入れるべきかという判断は、新築の構造設計とは異なる独自の考え方の上に成り立っています。**すでに建っている建物には、建築時点では適法であったにもかかわらず、その後の法改正によって現行の基準を満たさなくなったものが数多く存在し、これらは既存不適格建築物と呼ばれます。**耐震診断・耐震改修というテーマは、この既存不適格建築物、とくに耐震性の面で現行基準との差が大きい建物を対象に、現状の性能を数値で把握し、必要に応じて性能を引き上げるための一連の考え方として位置づけられます。
本記事では、既存不適格建築物の考え方と旧耐震・新耐震基準との関係、耐震改修促進法における耐震診断義務化の枠組み、耐震診断の方法(1次〜3次診断とIs値・Iso値の判定基準)、耐震改修工法の種類を、一級建築士(学科・構造)の学習向けに整理します。耐震・制震・免震という3方式そのものの違いや荷重・地震力の基本については荷重・地震力と耐震設計の基礎、免震・制振の仕組みの詳細については免震・制振構造と建物の振動の基礎で扱っていますので、あわせて確認しておくと理解がつながりやすくなります。具体的な数値・判定基準は法令・告示や所管行政庁の運用によって異なる場合があるため、実務にあたっては必ず最新の基準・所轄行政庁・構造設計者の判断で確認してください。
早見まとめ
| 区分 | 目安・考え方 |
|---|---|
| 旧耐震基準 | 1981年5月31日以前に建築確認を受けた建物に適用。中規模地震(震度5強程度)を想定した許容応力度計算が中心 |
| 新耐震基準 | 1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物に適用。中規模地震で軽微な損傷、大規模地震(震度6強〜7程度)でも倒壊しないことを二段階で検証 |
| Is値(構造耐震指標) | 強度・靭性を表す指標に、形状のバランス(剛性率・偏心率等)を表す指標、経年による低下を表す指標を掛け合わせて算出する、耐震性能を表す指標 |
| Iso値(判定基準) | Is値と比較する基準値。2次・3次診断では一般に0.6程度が目安とされる(1次診断はより高めの数値が目安) |
| Is < 0.3 | 地震の震動・衝撃に対し倒壊・崩壊の危険性が高いとされる目安 |
| 0.3 ≦ Is < 0.6 | 倒壊・崩壊の危険性があるとされる目安 |
| 0.6 ≦ Is | 倒壊・崩壊の危険性が低いとされる目安 |
具体的な判定基準値は建物の用途・重要度、所管行政庁の運用によって重要度係数等が加味される場合があり、必ず最新の基準・所管行政庁の確認が必要です。
既存不適格建築物とは|旧耐震・新耐震基準との関係
建築基準法は、社会情勢や地震被害の教訓を踏まえて繰り返し改正されてきました。既存不適格建築物とは、建築された時点では適法に建てられたものの、その後の法改正によって、現行の基準には適合しなくなった建築物を指す考え方です。ここで重要なのは、既存不適格建築物は違法建築物ではないという点です。建築当時の基準に照らせば適法であったため、既存のまま使用し続けること自体は直ちに違法とはなりません。ただし、大規模な増築・改築・用途変更などを行う際には、現行基準への適合が求められる場面が生じる、という位置づけで理解しておくとよいでしょう。
既存不適格の考え方は耐震性に限った話ではありませんが、**耐震診断・耐震改修の文脈で既存不適格建築物という言葉が使われる場合、多くは1981年(昭和56年)の耐震基準の改正、いわゆる旧耐震基準から新耐震基準への切り替わりを指します。**旧耐震基準は1981年5月31日までに建築確認を受けた建物に適用され、中規模地震(震度5強程度)を想定し、許容応力度計算を中心とした検証にとどまっていました。これに対し新耐震基準は同年6月1日以降の建築確認から適用され、中規模地震では軽微な損傷にとどめ、極めてまれにしか発生しない大規模地震(震度6強から7程度)でも倒壊は免れることを目標とする、一次設計・二次設計の二段階の検証を求める考え方に改められています。一次設計・二次設計の考え方そのものは荷重・地震力と耐震設計の基礎で整理しているとおりです。
| 区分 | 適用時期の目安 | 想定する地震動 | 検証の考え方 |
|---|---|---|---|
| 旧耐震基準 | 1981年5月31日以前の建築確認 | 中規模地震(震度5強程度) | 許容応力度計算が中心 |
| 新耐震基準 | 1981年6月1日以降の建築確認 | 中規模地震+大規模地震(震度6強〜7程度) | 一次設計・二次設計の二段階検証 |
旧耐震基準時代に建てられた建物のすべてが直ちに危険というわけではなく、実際の耐震性能は個々の建物の構造形式・劣化状況・改修履歴によって大きく異なります。「旧耐震=危険、新耐震=安全」と単純に二分できるものではなく、あくまで耐震診断によって個別に現状を確認する必要があるという前提を押さえておくことが、次に説明する耐震改修促進法の枠組みを理解するうえでも重要になります。
耐震改修促進法の枠組み|診断義務化の対象という考え方
既存建築物の耐震化を計画的に進めるための法律が、**建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)**です。この法律の基本的な考え方は、すべての既存建築物の所有者に耐震診断・耐震改修の努力義務を課しつつ、とくに公共性・重要度の高い一定規模以上の建築物については、耐震診断を義務として課すという二段構えになっている点にあります。
耐震診断が義務化される建築物は、大きく次のように整理されます。要緊急安全確認大規模建築物は、病院・店舗・旅館・劇場・体育館など不特定多数が利用する大規模建築物や、学校・老人ホームなど避難確保上とくに配慮を要する人が利用する大規模建築物、一定量以上の危険物を取り扱う施設などのうち、用途ごとに定められた規模要件を満たすものが該当します。要安全確認計画記載建築物は、地方公共団体が定める耐震改修促進計画において個別に指定される建築物で、緊急輸送道路など避難路の沿道にある建築物や、災害時の拠点となる防災拠点建築物などが該当する、という考え方です。
| 区分 | 対象のイメージ | 義務の性質 |
|---|---|---|
| 一般の既存建築物 | 住宅を含む既存建築物全般 | 耐震診断・耐震改修の努力義務 |
| 要緊急安全確認大規模建築物 | 不特定多数利用・避難弱者利用の大規模建築物、危険物取扱施設等(用途ごとの規模要件を満たすもの) | 耐震診断の義務、結果の報告・公表 |
| 要安全確認計画記載建築物 | 避難路沿道建築物・防災拠点建築物等(耐震改修促進計画で個別に指定) | 耐震診断の義務、結果の報告・公表 |
**義務化の対象となる具体的な用途・規模要件(床面積・階数の基準値等)は、法令・告示および所管行政庁が定める耐震改修促進計画によって定められており、地域や用途によって異なります。**一級建築士の学習としては、細かい数値を丸暗記するよりも、「不特定多数が利用する建物・避難弱者が利用する建物・防災上重要な建物ほど、耐震診断の義務化という形で優先的に耐震性の把握が求められる」という優先順位の考え方を押さえておくと理解しやすくなります。
耐震診断の方法|1次〜3次診断とIs値・Iso値
耐震診断とは、既存建築物の現在の耐震性能を、構造耐震指標などの指標を用いて評価する調査のことです。診断の精度によって第1次診断法・第2次診断法・第3次診断法という3段階の方法に区分されており、これらは「3段階にわたって順番に行う」というものではなく、建物の構造特性や求める精度に応じて、いずれか一つの診断法を選んで用いるという位置づけである点に注意が必要です。
第1次診断法は、柱・壁の断面積とコンクリートの強度から耐震性能を略算する、もっとも簡易な方法です。壁量が多く、地震力の大部分を壁が負担すると考えられる建物に適しており、予備調査の段階で耐震性に大きな問題がなさそうだと判断された場合などに用いられます。計算が簡易な分、実際の保有性能を安全側に見積もる傾向があるため、判定に用いる基準値も他の診断法より高めに設定される、という考え方で理解しておくとよいでしょう。第2次診断法は、コア抜きや配筋調査などで柱・壁の実際の強度を確認したうえで、強度に加えて靭性(粘り強さ)も考慮して耐震性能を計算する方法です。RC造の耐震診断でもっとも広く用いられている方法とされています。第3次診断法は、第2次診断で対象とする柱・壁に加えて梁も計算対象に含め、現行の建築基準法における保有水平耐力計算に近い精度で耐震性能を評価する方法です。計算の難度は高くなりますが、梁の挙動が耐震性能に大きく影響するラーメン架構主体の高層建築物などに向いた方法とされています。
| 診断法 | 対象とする部材 | 特徴のイメージ | 向いている建物の傾向 |
|---|---|---|---|
| 第1次診断法 | 柱・壁の断面積とコンクリート強度 | もっとも簡易、保有性能を安全側に見積もる傾向 | 壁量が多い建物 |
| 第2次診断法 | 柱・壁(強度+靭性) | 実測調査を踏まえた標準的な方法 | RC造建物全般、もっとも普及している方法 |
| 第3次診断法 | 柱・壁・梁 | 保有水平耐力計算に近い精度、計算難度が高い | ラーメン架構主体の高層建築物等 |
診断結果の評価に用いられる中心的な指標が**Is値(構造耐震指標)**です。Is値は、建物の強度・靭性を表す指標に、平面・立面のバランス(剛性率・偏心率など)を表す形状指標、そして経年による劣化の程度を反映する経年指標を掛け合わせて算出する、という考え方の指標です。剛性率・偏心率といった「バランス」の考え方そのものは荷重・地震力と耐震設計の基礎で整理した内容とも重なります。
Is値の判定にあたっては、比較の基準となるIso値が用いられます。Iso値は建物の重要度等に応じて所管行政庁が定める場合があり、一般的には2次診断・3次診断でIs値0.6程度が「地震の震動・衝撃に対し倒壊・崩壊する危険性が低い」とされる目安として広く知られています。Is値がこれを下回る場合は倒壊・崩壊の危険性がある、あるいは危険性が高いと評価される、という段階的な考え方です。1次診断法は保有性能を安全側に見積もる分、判定に用いる目安の数値もより高めに設定される点も、あわせて押さえておくとよいでしょう。
| Is値の目安 | 評価のイメージ |
|---|---|
| Is < 0.3 | 倒壊・崩壊の危険性が高い |
| 0.3 ≦ Is < 0.6 | 倒壊・崩壊の危険性がある |
| 0.6 ≦ Is | 倒壊・崩壊の危険性が低い |
これらの数値は代表的な目安であり、建物の用途・重要度によって要求される水準が引き上げられる場合があるほか、診断結果の最終的な評価・判断は構造設計者・所管行政庁の確認が前提となります。
耐震改修工法|補強・制振改修・免震レトロフィット・減築
耐震診断の結果、耐震性能が不足すると判断された建物には、性能を引き上げるための耐震改修が検討されます。改修の手法は、大きく次のように整理すると理解しやすくなります。
**耐震補強(強度型)**は、耐力壁やブレース(斜め材)を新たに増設することで、建物の水平方向の強度そのものを高める方法です。既存の骨組みに直接手を加える分、比較的分かりやすく効果が確認しやすい一方、開口部の位置や意匠上の制約を受けやすい点が検討事項になります。**耐震補強(靭性型)**は、柱に炭素繊維シートや鋼板を巻き付けるなどして、部材が急激に破壊(脆性破壊)することを防ぎ、粘り強く変形できる性能(靭性)を高める方法です。強度型と組み合わせて用いられることも多くあります。
制振改修は、既存の骨組みの中にダンパーを組み込み、地震エネルギーを吸収・減衰させることで建物本体への負担を軽減する方法です。免震レトロフィットのような大きな工事範囲を必要としないため、既存建物への適用がしやすいという特徴があります。制振の仕組み自体の詳細は免震・制振構造と建物の振動の基礎で整理しています。
免震レトロフィットは、既存建物の最下層や中間階の柱を切断し、そこに免震装置を組み込むことで、建物を使用しながら耐震性能を大きく引き上げる工法です。工事箇所が限定されるため、外観や機能を大きく損なわずに施工できる点が特徴で、歴史的建造物や、使用を継続しながら改修したい建物で採用される傾向があります。減築は、建物の上層階など一部を撤去して建物全体の重量を軽くすることで、地震時に生じる地震力そのものを低減させる方法です。補強部材を増やすのではなく、建物側の負担そのものを減らすという発想の違いがある点を押さえておくとよいでしょう。
| 改修工法 | 基本的な考え方 | 特徴のイメージ |
|---|---|---|
| 耐震補強(強度型) | 耐力壁・ブレースの増設で強度を高める | 効果が分かりやすい、意匠・開口部の制約を受けやすい |
| 耐震補強(靭性型) | 炭素繊維シート等で柱の粘り強さを高める | 脆性破壊の防止、強度型と組み合わせることが多い |
| 制振改修 | ダンパーを組み込みエネルギーを吸収する | 工事範囲が比較的限定的、既存建物への適用がしやすい |
| 免震レトロフィット | 柱を切断し免震装置を挿入する | 使用しながらの改修が可能、外観・機能を維持しやすい |
| 減築 | 建物重量を軽くし地震力そのものを低減する | 補強ではなく負担を減らす発想、上層階撤去等が代表例 |
どの工法を選ぶかは、建物の用途(使用しながら改修できるか)、構造形式、コスト、意匠上の制約、工期などを踏まえて総合的に判断されるものであり、「診断でIs値が不足していたら必ず特定の工法を使う」という一対一の関係ではない点にも注意しておきたいところです。
実務での判断とよくある誤解
耐震診断・耐震改修のテーマでは、いくつか誤解されやすいポイントがあります。
まず、「耐震診断を受けた=すぐに改修が必要」という誤解です。診断はあくまで現状の性能を数値で把握するための調査であり、診断結果を踏まえて改修の要否・優先順位・工法を検討するという、次の段階の判断が別途必要になります。予算や使用計画の制約から、優先度の高い建物から段階的に改修を進めるという進め方も実務では珍しくありません。
次に、「新耐震基準の建物だから耐震診断は不要」という誤解です。新耐震基準はあくまで建築時点の基準を満たしていることを示すものであり、経年劣化や個別の設計・施工の状況によって、実際の耐震性能には差が生じます。とくに用途変更や増築を検討する場合には、新耐震基準の建物であっても現状の性能確認が求められる場面があります。
最後に、「免震・制振に改修すれば建物本体の耐震性は考えなくてよい」という誤解です。これは新築の耐震設計と同様、既存建物の改修においても当てはまる考え方で、免震・制振はあくまで建物本体の耐震性能を前提とした追加的な対策という位置づけです。いずれの場面でも、所轄行政庁・構造設計者への確認を前提に、個別の建物の条件に応じて判断するという姿勢が欠かせません。
一級建築士試験での出題ポイント
一級建築士(学科・構造)における耐震診断・耐震改修のテーマは、数値の丸暗記よりも、用語同士の関係性を理解しているかどうかが問われやすい分野です。学習にあたって意識しておきたいポイントを整理します。
- 既存不適格建築物は違法建築物ではないこと、旧耐震基準・新耐震基準の分岐点が1981年(昭和56年)の建築確認にあることを区別して説明できるようにしておく
- 耐震改修促進法では、すべての建築物に努力義務が課される一方、要緊急安全確認大規模建築物・要安全確認計画記載建築物には耐震診断が義務化されるという、義務の強弱の違いを押さえておく
- 第1次・第2次・第3次診断法は「精度の異なる別の診断方法」であり、対象とする部材(柱・壁のみ/柱・壁+靭性/柱・壁・梁)の違いで区別する
- Is値は強度・靭性・形状のバランス・経年劣化を総合した指標であり、Iso値(一般に0.6程度が目安)との比較で危険性の程度が段階的に評価されることを理解しておく
- 耐震改修工法は、強度を高める(耐力壁・ブレース)、靭性を高める(炭素繊維等)、エネルギーを吸収する(制振)、揺れを伝えにくくする(免震レトロフィット)、負担そのものを減らす(減築)という発想の違いで分類する
- 具体的な規模要件・判定数値は改正・運用によって変わり得るため、原則の考え方を優先して理解し、細部は最新の法令・所管行政庁の情報で確認する姿勢を持っておく
まとめ
- 既存不適格建築物は違法建築物ではなく、建築当時は適法だった建物がその後の法改正で現行基準に適合しなくなったものを指す
- 旧耐震基準(1981年5月31日以前の建築確認)と新耐震基準(同年6月1日以降)の分岐点、想定する地震動・検証段階の違いを区別する
- 耐震改修促進法は、一般建築物への努力義務と、要緊急安全確認大規模建築物・要安全確認計画記載建築物への耐震診断義務という二段構えで既存建築物の耐震化を促進する枠組みである
- 耐震診断には第1次〜第3次診断法があり、対象とする部材の範囲と精度が異なる。評価にはIs値(構造耐震指標)とIso値(判定基準、一般に0.6程度が目安)が用いられる
- 耐震改修工法には、強度型・靭性型の耐震補強、制振改修、免震レトロフィット、減築などがあり、それぞれ発想の異なるアプローチである
- 診断結果・判定基準・規模要件の具体的な数値は法令改正や所管行政庁の運用で変わり得るため、実務では必ず最新の基準・専門家の確認を前提とする
耐震診断・耐震改修のテーマは、旧耐震・新耐震という時間軸の整理、耐震改修促進法という制度上の位置づけ、診断法とIs値という評価の物差し、そして改修工法という対応策という、複数の階層が積み重なった単元です。それぞれを個別に暗記するのではなく、「現状をどう把握し、どう評価し、どう対応するか」という一連の流れとして捉えると、関連する出題にも対応しやすくなります。
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