医療施設の空調ゾーニングと陰圧室の基礎|感染対策の換気計画
医療施設の空調は、事務所ビルの空調とは前提そのものが違うと筆者は考えています。事務所ビルの空調が主に温度・湿度の快適性を目的にしているのに対して、医療施設の空調は**「空気の清浄度を保つこと」と「病原体を室外に漏らさないこと」という、患者の安全に直結する役割**を同時に担っています。同じ建物の中に、極めて高い清浄度が求められる手術室と、感染症患者を隔離する陰圧室が同居しているという点も、医療施設特有の難しさです。
この記事では、医療施設の空調が一般ビルとどう違うのか、清浄度クラスによるゾーニングの考え方、陰圧室(感染症病室)の仕組み、陽圧室との使い分け、換気回数と全外気方式の考え方までを、基本設計の段階で押さえておきたい範囲として整理します。医療・福祉施設全体の部門構成や動線分離については医療・福祉施設の計画、酸素・吸引などの医療ガス設備については医療ガス設備の基礎、住宅・事務所を含む一般的な換気の仕組みについては換気の基礎であわせて扱っていますので、本記事は「病院特有の空調ゾーニングと陰圧室」という範囲に絞って解説します。
医療施設の空調基準は人命に直結するため、本記事で示す数値・室圧の方向性はあくまで一般的な考え方の目安です。実際の設計・運用にあたっては、日本医療福祉設備協会のHEAS-02(病院設備設計ガイドライン空調設備編)等の最新版と、病院側の感染管理部門・設計者との協議で必ず確認してください。
早見まとめ
医療施設の空調ゾーニングを理解するうえでの基本的な考え方を先にまとめます。詳細な考え方は本文で解説します。
| 項目 | 考え方の要点 |
|---|---|
| 医療施設の空調の目的 | 快適性に加えて「清浄度の維持」と「感染の拡散防止」を同時に満たすこと |
| ゾーニングの軸 | 清浄度クラス(高い順に手術室・易感染患者用病室から、感染症隔離病室・汚物処理室まで)で区域を分ける |
| 室圧の基本方向 | 清浄に保ちたい区域は陽圧、汚染・感染を閉じ込めたい区域は陰圧にする |
| 陰圧室の三点セット | 病室の陰圧化、前室(廊下と病室の間の緩衝空間)、排気系統への高性能フィルター |
| 陽圧室の考え方 | 易感染患者(免疫低下患者)を外部の汚染から守るための逆方向の圧力管理 |
| 換気方式の基本 | 感染対策が絡む区域は、汚染空気を循環させない全外気(または専用排気)を基本とする |
医療施設の空調基準はHEAS-02等の専門的なガイドラインに基づいて設計されるため、以下で示す換気回数・室圧の考え方は「目安」として理解し、確定値は最新のガイドラインと病院側の感染管理部門に必ず確認してください。
医療施設の空調が一般ビルと違う理由
医療施設の空調を一般の事務所ビルの空調と比べると、大きく3つの点で性格が異なると筆者は考えています。
1つ目は清浄度の管理です。 事務所ビルの空調は、温度・湿度・二酸化炭素濃度といった「快適性・健康影響」の基準を満たせば十分ですが、医療施設の手術室や集中治療室では、空気中に浮遊する微粒子・微生物の量そのものを管理対象にする必要があります。手術部位感染(SSI)のリスクを下げるためには、単に温湿度を整えるだけでなく、清浄な空気を安定して供給し続ける仕組みが求められます。
2つ目は感染対策です。 事務所ビルでは「室内の空気をどう入れ替えるか」が主な関心事ですが、医療施設では加えて「ある区域の空気を、別の区域に漏らさないようにするにはどうするか」という発想が必要になります。感染症患者が使う病室の空気が、廊下やナースステーションに流れ出してしまうと院内感染につながるため、空気の流れる方向そのものを設計でコントロールする必要があります。
3つ目は24時間365日の連続運転です。 事務所ビルの空調は夜間・休日に停止・間欠運転することが一般的ですが、病院は患者が常時滞在する施設であり、空調も原則として止められません。停電時のバックアップ、フィルターの目詰まりによる能力低下、機器故障時の予備系統など、事務所ビル以上に「止まらないこと」への備えが計画段階から求められます。
これら3つの性格の違いから、医療施設の空調計画では、単純に「涼しい・暖かい」を目指すのではなく、区域ごとに求められる清浄度と室圧の方向性を最初に整理するというゾーニングの発想が出発点になります。
清浄度クラスによるゾーニングの考え方
医療施設のゾーニングは、区域ごとに求められる清浄度の高さで区分するという考え方が基本になります。日本医療福祉設備協会が示すHEAS-02(病院設備設計ガイドライン空調設備編)では、病室・諸室を清浄度クラスに分けて、それぞれに応じた室圧・フィルター性能の目安を示していることが知られています。あくまで目安として、清浄度クラスと該当室の対応関係を整理すると、次のようになります。
| 清浄度の区分 | 該当室の例 | 室圧の方向性 |
|---|---|---|
| 高度清潔区域 | バイオクリーン手術室、易感染患者用病室 | 陽圧 |
| 清潔区域 | 一般手術室 | 陽圧 |
| 準清潔区域 | 未熟児室、集中治療室、血管造影室 | 陽圧 |
| 一般清潔区域 | 一般病室、手術部回復室 | 等圧(周囲と同程度) |
| 汚染管理区域 | 感染症用隔離病室 | 陰圧 |
| 拡散防止区域 | 汚物処理室、患者用便所 | 陰圧 |
この表から読み取れる原則は、**「清浄に保ちたい区域ほど陽圧、汚染・感染を封じ込めたい区域ほど陰圧」**という方向性です。手術室や易感染患者用病室のように、外部からの汚染された空気の侵入を防ぎたい区域は室内側を陽圧にして、隙間から外へ空気が押し出される向きにします。逆に感染症用隔離病室や汚物処理室のように、室内の汚染された空気を外に漏らしたくない区域は陰圧にして、隙間から外の空気が室内に吸い込まれる向きにします。
各クラスの具体的な換気回数(1時間あたりの室内容積に対する給気量の倍率)やフィルター効率についても、HEAS-02のガイドラインで目安が示されています。ただし版によって数値が改訂されている場合があるため、設計にあたっては必ず最新版のHEAS-02原本を確認し、病院側の感染管理部門・設計担当者と協議のうえで決定することが前提になります。
一般病室は「等圧」、つまり周囲の廊下と大きな圧力差を持たせない区域として位置づけられている点も実務上のポイントです。すべての病室を陽圧・陰圧のどちらかに振り分けるのではなく、特別な清浄度・感染対策が必要な区域だけを重点的に圧力管理するという考え方が、ゾーニング計画の実務的な出発点になります。
陰圧室(感染症病室)の仕組み
陰圧室は、結核など空気感染するおそれのある感染症の患者を隔離するための病室で、室内の空気を周囲より低い圧力に保つことで、病室の空気が廊下や隣接室に流出しないようにする設備です。陰圧室の基本的な構成要素は、次の3つに整理できます。
| 構成要素 | 役割 |
|---|---|
| 室圧制御 | 給気量よりも排気量を多くすることで病室内を周囲より低い圧力に保ち、常に廊下側から病室側へ空気が流れる向きをつくる |
| 前室(アンテルーム) | 病室と廊下の間に設ける緩衝空間。病室よりは高く、廊下よりは低い圧力に保ち、病室のドアを開けても病室の空気が一気に廊下へ流出しないよう段階的に圧力を落とす |
| 排気系統のHEPAフィルター | 病室から排気される空気に病原微生物が含まれる可能性があるため、屋外に排出する前に高性能フィルターでろ過し、病原体の拡散を防ぐ |
この3つを組み合わせることで、「廊下 → 前室 → 病室」という方向に段階的に圧力が下がる構成をつくり、病室の空気が外に漏れ出す経路を断つのが陰圧室の基本設計です。海外の感染管理ガイドラインでは、隔離室と周囲との圧力差についてパスカル単位の具体的な目安値が示されている例もありますが、国や基準によって示される数値が異なるため、本記事では特定の数値を断定せず、「廊下から病室に向かって段階的に圧力が下がる構成にする」という考え方の説明にとどめます。実際の圧力差・換気回数の設計値は、HEAS-02等の国内基準と病院側の感染管理部門に確認してください。
陰圧室の排気は、一般に他区域の空気と混合させず、専用のダクト系統で屋外の安全な位置まで導く計画とすることが基本です。排気口の位置が外気取入れ口や隣接建物に近すぎると、フィルターを通しても再汚染のリスクが残るため、配置計画の段階から検討しておく必要があります。
陽圧室との使い分け(易感染患者の保護環境)
陰圧室が「室内の汚染を外に漏らさない」ための仕組みであるのに対して、陽圧室は逆に「外部の汚染から室内の患者を守る」ための仕組みです。骨髄移植後や強い化学療法後など、免疫力が著しく低下した易感染患者(感染症にかかりやすい患者)を収容する病室では、廊下側の空気に含まれるわずかな微生物でも重大な感染症を引き起こすリスクがあるため、病室側を周囲より高い圧力に保ち、廊下からの空気の侵入を防ぐ構成にします。
陽圧室にも前室を設ける考え方が一般的で、「廊下 < 前室 < 病室」という向きで段階的に圧力を高くしていきます。陰圧室とは前室を挟んだ圧力の向きが逆になる点が、混同しやすいポイントです。
| 項目 | 陰圧室 | 陽圧室 |
|---|---|---|
| 主な対象 | 空気感染するおそれのある感染症の患者 | 免疫力が著しく低下した易感染患者 |
| 目的 | 病室内の汚染空気を外に漏らさない | 外部の汚染空気を病室内に入れない |
| 圧力の向き | 廊下 > 前室 > 病室 | 廊下 < 前室 < 病室 |
| 排気の考え方 | HEPAフィルターを通して屋外へ排気 | 給気側の清浄度確保を重視 |
同じ病院内に陰圧室と陽圧室が両方計画される場合、空調系統を混同しないよう、それぞれ独立した給排気系統として計画することが実務上の大原則です。陰圧室用の排気ファンが陽圧室系統と共用になっていたり、逆に陽圧室の給気が他の一般病室と共用の空調機からとられていたりすると、圧力バランスの管理が難しくなり、感染対策としての機能を果たせなくなるおそれがあります。
換気回数の考え方と全外気・循環の使い分け
換気回数とは、1時間あたりに室内容積の何倍の空気を入れ替えるかを示す指標で、清浄度クラスが高い区域や感染対策が求められる区域ほど、多い換気回数が求められる傾向にあります。手術室や陰圧室のように微生物・病原体の管理が重要な区域では、一般病室よりも大きな換気回数が設定されるのが一般的な考え方です。
換気回数と合わせて重要になるのが、「全外気方式」と「循環方式」の使い分けです。事務所ビルの空調では、省エネの観点から室内空気の一部を循環させ、全熱交換器などで排気の熱を回収しながら外気を取り入れる方式がよく採用されます(全熱交換器の考え方は全熱交換器の基礎で扱っています)。しかし、感染対策が絡む区域では話が変わります。
陰圧室のように病原体を含む可能性のある空気を扱う区域では、排気を他区域の給気に循環させない、あるいは循環させる場合は確実な除去性能を持つフィルターを介するという考え方が基本です。全外気方式(取り入れた外気をそのまま使い切り、室内空気を循環させずに全量排気する方式)は、省エネの面では不利になりますが、感染対策の観点からは汚染物質を他区域に持ち込まないという大きな利点があります。手術室・陰圧室・陽圧室といった特別な圧力管理が必要な区域では、この全外気方式、あるいはそれに近い低い循環率での運用が採用されることが多いと筆者は理解しています。
一方で、一般病室や事務エリアのように感染対策上の特別な要求がない区域では、事務所ビルと同様に熱回収を伴う循環方式を採用し、省エネと快適性のバランスを取る計画が現実的です。「どの区域が特別な換気方式を必要としているか」を清浄度クラスの整理と合わせて洗い出しておくことが、換気計画の実務上の出発点になります。
実務での判断とよくある誤解
医療施設の空調計画を進めるうえで、筆者が特に注意したいと考えている点を整理します。
「陰圧=すべて同じ仕様」ではない誤解。 陰圧室と一口に言っても、結核のような空気感染症に対応する高度な隔離室と、一般的な接触感染対策のための個室とでは、求められる換気回数やフィルター性能の水準が異なります。「陰圧にすればよい」という短絡的な理解ではなく、対象とする感染症の感染経路(空気感染・飛沫感染・接触感染)によって必要な設備水準が変わるという前提を押さえておく必要があります。
清浄度クラスの割り当ては病院側の運用方針とセットで決まる。 どの病室をどの清浄度クラスにするかは、建築側だけで決められるものではなく、病院の診療科構成・感染管理方針・将来の運用変更の可能性を踏まえて、病院側の感染管理部門と協議しながら決める必要があります。基本設計の早い段階でこの協議を始めておかないと、後工程での大きな設計変更につながりやすくなります。
陰圧・陽圧の切り替え運用室という考え方もある。 感染症の流行状況によって、平時は一般病室として使い、有事には陰圧室に切り替えられる「陰陽圧切替室」を計画する病院も見られます。このような柔軟な運用を想定する場合は、通常の陰圧室以上に空調系統の独立性や制御の複雑さが増すため、基本設計の段階から運用シナリオを明確にしておくことが重要です。
まとめ
- 医療施設の空調は、清浄度の管理・感染の拡散防止・24時間連続運転という3点で事務所ビルの空調と性格が異なる
- ゾーニングは清浄度クラスで区域を分け、清浄に保ちたい区域は陽圧、汚染・感染を封じ込めたい区域は陰圧にするのが基本方向
- 陰圧室は「室圧制御・前室・排気HEPAフィルター」の3点セットで、病室の空気を外に漏らさない構成をつくる
- 陽圧室は陰圧室と逆方向の圧力管理で、易感染患者を外部の汚染から守る仕組み
- 感染対策が絡む区域では、循環させず汚染物質を持ち込まない全外気方式が基本的な考え方になる
- 清浄度クラス・室圧・換気回数の確定値はHEAS-02等の基準と病院側の感染管理部門に必ず確認する
医療施設の空調ゾーニングは、患者の安全に直結する分野であるだけに、一般的な考え方の理解と、個別プロジェクトごとの専門的な確認の両方が欠かせません。この記事で示した「陽圧・陰圧の方向性」「前室とHEPAフィルターの役割」という基本の骨格を押さえたうえで、具体的な数値・運用は必ず最新のガイドラインと専門家との協議で詰めていただければと思います。
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