建築設備.tech
基本設計弱電・通信

携帯電話の圏外(不感)対策の基礎|地下・高層・大規模建築の電波をどう確保するか

地下階、鉄骨・鉄筋コンクリート造の高層階、あるいは奥行きの深い大規模建築では、屋外では問題なくつながる携帯電話が、建物の中に入ったとたんに圏外や「アンテナ1本」になることがあります。これは施工不良や設備の故障ではなく、建物の構造そのものが電波を遮ってしまうことで起きる現象です。基本設計の段階でこの可能性を想定し、対策の要否と方向性を早めに検討しておくかどうかで、竣工後の使い勝手が大きく変わってきます。

この記事は、これから建築設備を学ぶ人や、基本設計の段階で携帯電話の電波環境を検討する立場になった設計者・施工管理担当者を想定して、建物内で圏外が起きる理由、対策の選択肢の全体像、費用負担とキャリアとの協議の流れ、消防用の無線通信補助設備との違い、設計段階でのチェックリストを整理します。弱電設備全体の位置づけについては弱電設備とは何かもあわせて参照してください。

建物断面の模式図。屋外の基地局からの電波は建物の外周部の窓面には届く(○)一方、地下階や建物奥の区画には届きにくい(×・斜線ハッチ)ことを示し、対策として天井の屋内アンテナから機械室のIBS機器(光張出し方式・レピータ)へ配線する構成とキャリア協議が前提であること、消防隊が使う無線通信補助設備とは別の設備である旨を示す図

図:外周部には屋外の電波が届く一方、地下や奥まった区画は届きにくく、屋内アンテナとIBS機器(機械室)による引き込みで補う。消防用の無線通信補助設備とは別系統の設備である。


早見まとめ:電波不感対策の考え方

まず全体像を1枚の表に整理します。数値やキャリアごとの条件は建物・回線事業者によって異なるため、ここでは「考え方の骨格」として押さえてください。

項目 考え方の目安
圏外が起きやすい場所 地下階、コンクリート・金属で囲まれた区画、Low-E複層ガラスを多用した外周部、建物中心部の奥まった諸室
対策の主な選択肢 キャリアの屋内基地局・レピータ(電波増幅器)・光張出し方式によるIBS、Wi-Fi通話
費用負担の基本 建物側の要望による設置は建築主負担が原則、公共性の高い施設は キャリア側が一部負担する場合もある(要協議)
検討を始める時期 基本設計の早い段階(配管・電源・機器スペースの確保が実施設計より前に必要なため)
消防用設備との関係 無線通信補助設備(消防隊用)とは目的も所轄も別物、混同しない

建物内で圏外が起きる理由

携帯電話の電波は、屋外の基地局から届く電波が建物の外壁や屋根を通り抜けて建物内部まで到達することで受信されています。この電波が建物内に届きにくくなる要因は、おおむね次のように整理できます。

  • 鉄筋コンクリート造の構造体: 鉄筋やコンクリートは電波を反射・吸収しやすく、外壁や床スラブが厚くなるほど、また階数が増えて建物の中心部に近づくほど電波は減衰しやすくなる
  • Low-E複層ガラス: 近年の省エネ基準に対応した建物で広く使われる、金属膜をコーティングしたガラスは、断熱・遮熱性能に優れる一方で電波を反射しやすい性質があり、開口部からの電波の入りにくさにつながることがある
  • 地下階: 地上からの電波がほぼ届かないため、外部からの電波に頼る対策では限界があり、別系統での電波の引き込みが前提になりやすい
  • 奥まった区画・大規模な床面積: 外壁から離れた建物中心部の会議室や倉庫、地下駐車場の奥、大規模な商業施設のバックヤードなど、外周部から距離のある場所は電波が届きにくい

これらの要因は単独ではなく重なって影響することが多く、たとえば「地下2階の鉄筋コンクリート造の会議室」のように条件が重なるほど、圏外や電波が不安定な状態になりやすいと考えられます。基本設計の段階では、用途上どこで通話やデータ通信が必要になるかを踏まえて、こうした条件に当てはまる区画がないかを洗い出しておくことが最初のステップになります。


対策の選択肢の全体像

建物内の電波不感対策には、いくつかの方式があります。それぞれ仕組みや適用条件が異なるため、建物の規模・用途・予算に応じて組み合わせを検討する必要があります。

方式 概要 主な適用場面
屋内基地局(フェムトセル等) 通信キャリアが建物内に小規模な基地局そのものを設置する方式 利用者数が多く、通信量の見込みが大きい施設
レピータ(電波増幅器) 屋外や建物の一部で受信した電波をアンテナで拾い、増幅して建物内に再配信する方式 比較的小規模な不感エリアの補完
光張出し方式(IBS) キャリアの基地局からの信号を光ファイバーで建物内に引き込み、各所に設置したアンテナ(分散アンテナ)から電波を出す方式。IBS(屋内基地局システム、In-Building System)と呼ばれる 高層ビル・大規模商業施設・地下街など、広い面積を面的にカバーする必要がある建物
Wi-Fi通話(VoWiFi) 携帯電話回線ではなく館内のWi-Fi回線を経由して通話・データ通信を行う仕組み。端末とキャリアの契約プランが対応している必要がある LAN・無線LAN設備がすでに整備されている建物の補完的な対策

このうちIBS(光張出し方式)は、複数のキャリアの電波をまとめて建物内に分配できる構成を取りやすく、大規模建築やホテル、病院など複数キャリアの利用者が想定される施設で採用されることが多い方式です。一方で、キャリアごとに個別のアンテナ・機器を必要とする構成もあり、どの方式・どのキャリアに対応するかによって必要なスペースや配管・配線のルートが変わってくるため、具体的な機器構成はキャリア側との協議を踏まえて確定させる必要があります。

Wi-Fi通話は、構内情報通信網(LAN)設備の計画で扱った無線LANのアクセスポイント配置がそのまま電波不感対策の一部を担う形になる点が特徴です。ただし、Wi-Fi通話は端末・回線契約側の対応が前提となるため、建物側の設備だけで完結する対策ではなく、あくまで他の方式を補完する位置づけとして捉えるのが実務上の考え方です。


費用は誰が持つか、キャリアとの協議の流れ

携帯電話の電波不感対策でしばしば論点になるのが、費用を誰が負担するかという点です。この点は法令で一律に定められているものではなく、建物の性質や協議の結果によって決まる部分が大きいため、断定的な基準を示すことは難しいものの、実務上のおおまかな考え方は次のように整理できます。

  • 建築主側の要望による設置: 「テナントや利用者の利便性のために電波を確保したい」という建築主側の要望が発端となる場合、設置費用・工事費用は建築主負担になるのが原則的な考え方
  • 公共性・防災性の高い施設: 不特定多数が利用する大規模施設や、災害時の通信確保が重視される建物では、キャリア側が一部の設備投資や運用を負担する形で協議が進むこともある
  • キャリアごとの対応差: どのキャリアがどの方式にどこまで対応するか、費用分担の考え方も含めてキャリアごとに異なるため、個別の条件はこの記事では断定せず、実際の案件では各キャリアの担当窓口との協議が前提になる

重要なのは、こうした協議には一定の期間がかかるということです。キャリア側での設備検討・現地調査・機器の準備には数か月単位の時間を要することも珍しくなく、実施設計や施工の段階になってから相談を始めると、開口部・配管ルート・機器室スペースの調整が間に合わなくなる可能性があります。そのため、電波不感対策が必要になりそうな建物では、基本設計の早い段階で複数のキャリアに相談を持ちかけ、おおまかな方式と必要スペースの見通しを立てておくことが望ましいと考えられます。


消防用の無線通信補助設備との違い

携帯電話の電波対策を検討していると、「無線通信補助設備」という言葉を耳にすることがありますが、これは携帯電話の電波対策とは目的の異なる別の設備です。混同しやすいため、ここで整理しておきます。

無線通信補助設備は、消防法施行令で定められた消防用設備等の一種で、消防隊が火災現場で使う無線機同士の連絡を確保するための設備です。地下街など、地上からの電波が届きにくく消防隊相互の無線連絡が困難になりやすい防火対象物のうち、一定規模以上のものに設置が義務付けられています。目的はあくまで消防隊の活動用であり、一般利用者の携帯電話の電波環境を改善するためのものではありません。

項目 携帯電話の電波不感対策 無線通信補助設備
目的 建物利用者の携帯電話の通話・通信を確保する 消防隊が使う無線機同士の連絡を確保する
主体 建築主・通信キャリア 建築主(消防法令上の設置義務者)、所轄消防署が関与
位置づけ 任意の利便性向上策(法令上の一律の設置義務はない) 消防法令に基づく消防用設備等(該当する建物には設置義務)
設計時の窓口 通信キャリアの担当窓口 所轄消防署、消防設備士

両者は使用する周波数帯も設備の系統もまったく別物であり、無線通信補助設備を設置したからといって携帯電話の圏外が解消されるわけではありません。逆に、携帯電話用のIBSを導入したからといって無線通信補助設備の設置義務がなくなるわけでもありません。該当規模の建物では、この2つを別々の検討事項として整理し、それぞれ通信キャリアと所轄消防署の双方に確認を取りながら進める必要があります。


設計段階のチェックリスト

基本設計の段階で携帯電話の電波不感対策を検討する際は、次のような視点でチェックしておくと、後工程での手戻りを減らせます。

  • 用途上どこで通話・通信が必要かを洗い出す: 事務室・会議室・受付・防災センターなど、業務上の連絡が必須な諸室と、倉庫・機械室など優先度の低い区画を分けて整理する
  • 圏外が起きやすい条件に当てはまる区画を確認する: 地下階、Low-E複層ガラスの採用範囲、建物中心部の奥まった区画などを平面計画と照らし合わせる
  • 電波測定のタイミングを計画に組み込む: 竣工後の電波状況を正確に把握するには、実際に構造体・仕上げが完成した状態での測定が有効なため、電波測定を行うのであれば躯体・仕上げ工事がある程度進んだ段階、遅くとも竣工前検査の前後で実施できるよう工程に織り込んでおく
  • キャリアへの相談を早期に始める: 前述のとおり、キャリア側の検討・機器準備には時間がかかるため、基本設計の段階で複数キャリアに相談し、方式の見通しを立てる
  • 必要スペース・配管ルートを確保する: IBSなどキャリア側の機器を設置する場合、機器室・アンテナ設置箇所・光ファイバーや電源の配管ルートを、他の弱電設備や監視カメラ設備の配管と同様に、実施設計より前の段階でおおまかに確保しておく。この点は監視カメラ(ITV)・入退室管理設備の基礎で扱った、地下駐車場など電波・信号が届きにくい区画への配線計画とも共通する考え方
  • 消防用の無線通信補助設備の要否を別途確認する: 該当規模の建物では、携帯電話対策とは別に所轄消防署に確認する

実務での判断とよくある誤解

  • 「電波が悪いのは施工不良」という誤解: 前述のとおり、圏外や電波の弱さは構造体やガラスの性能による物理的な現象であることが多く、必ずしも施工の問題ではない
  • 「Wi-Fiがあれば携帯電話の電波対策は不要」という誤解: Wi-Fi通話は端末・契約プランの対応が前提であり、すべての利用者・すべてのキャリアをカバーできるとは限らないため、あくまで補完的な位置づけで捉える必要がある
  • 「1社のキャリアと協議すれば十分」という誤解: 建物の利用者が特定のキャリアに偏らない限り、複数キャリアへの対応を視野に入れて検討しないと、一部の利用者だけが圏外のまま残ってしまう可能性がある
  • 「消防用の無線通信補助設備があれば携帯電話もつながる」という誤解: 前述のとおり両者は別系統の設備であり、混同しないよう関係者間で言葉の定義をすり合わせておくことが望ましい

いずれも、通信キャリアの担当窓口や所轄消防署、設計者との間で早い段階から役割分担と条件をすり合わせておくことで防げる誤解です。


まとめ

  • 建物内の携帯電話の圏外は、鉄筋コンクリート造の構造体やLow-E複層ガラス、地下階、奥まった区画などの物理的な条件が重なって起きる現象である
  • 対策には屋内基地局・レピータ・光張出し方式のIBS・Wi-Fi通話といった選択肢があり、建物の規模・用途に応じて組み合わせを検討する
  • 費用負担は法令で一律に決まっておらず、建築主側の要望かキャリア側の公共性の判断かによって協議の結果が変わる
  • キャリア側の設備検討・機器準備には時間がかかるため、基本設計の早い段階で複数キャリアへの相談を始めることが望ましい
  • 消防用の無線通信補助設備は、消防隊の無線連絡を確保するための別系統の設備であり、携帯電話の電波対策と混同しないよう整理して検討する
  • 設計段階では、用途上どこで通話が必要かの洗い出しと、電波測定のタイミングを工程に組み込んでおくことが手戻りを防ぐポイントになる

携帯電話の電波不感対策は、法令で一律に義務付けられた設備ではないぶん、検討が後回しになりやすい分野でもあります。しかし、竣工後に「つながらない」という声が上がってから対策を始めると、配管ルートや機器スペースの確保が難しくなり、対応の選択肢が狭まってしまいます。基本設計の段階で用途上の必要性を洗い出し、通信キャリアや所轄消防署との確認を前提としながら早めに方向性を固めておくことが、竣工後の使い勝手を左右すると筆者は考えています。


あわせて読みたい

参考書籍でさらに学ぶ

※ この欄は書籍のアフィリエイト広告(Amazon・楽天)を含みます。価格・在庫・最新の年度版はリンク先でご確認ください。

→ 建築設備士のおすすめ参考書まとめ

関連記事